-与那原通(よなばるつう)-

アブシバレーから始まる与那原大綱曳

2011年5月19日(木)

去年の今頃は7月の与那原通オープンに向けて準備中。「与那原通大綱曳特集」の取材準備も6月頃から始めました。そのときもらった与那原大綱曳関連行事日程表の最初に「アブシバレー」と書いてあり、「…って何??」と、とても気になったのですが、すでにこの行事は終わっていたので、特集記事は藁運搬やクービ採りの取材からとなりました。

 

あれから一年。今年こそは“謎のアブシバレー”を見なければ…。半ば使命感に近い気持ちで日程を問い合わせると、旧暦4月の吉日の予定だが前後する場合もあるとのこと。
あ、そのまえに、アブシバレーというのは、「アブシ=田畑の畦(あぜ)」、「バレー=払う」という意味で、毎年この時期に沖縄各地で行われている害虫駆除・豊作祈願の行事だそうです。ぜんっぜん知らなかった~~(@_@)

 

いったいどんなことをするんだろう?? 「与那原のアブシバレーでは町内5ヶ所の拝所を廻る」とあります。資料に載っている拝所の中には見覚えのないところも…。早く見学したい…! ウズウズしているうちに、ようやく日時が決まりました。

 

5月17日、午前9時。集合場所の綱曳資料館へ行くと、与那原大綱曳実行委員の方々(各行政区の区長さん達)がアブシバレーの準備を始めていました。

拝所にお供えする平線香やお菓子、果物、お酒(泡盛)、米や小銭などが用意されています。
(写真左)平線香を白紙で束ねているところ。(写真右)手前の木箱は瓶子(ビンシー)というお供え用の道具。徳利や盃、米などを入れる仕切りもあり、お線香をしまうこともできます。

 

お供え物の準備が整ったら、ハッピを着て出発です。近場とはいえ荷物もあり5ヶ所も廻るので移動は車。私もみなさんと一緒にバンに乗せてもらいました。

 

最初に到着したのは「上之殿(イーヌトゥン)」。与那原町商工会の駐車場の片隅にひっそりと存在している小さな拝所です。

祠の中にお供え物を並べて拝みます。「与那原大綱曳が成功しますように」、「綱を作るための稲を害虫からお守りください」。五穀豊穣、町民の健康、地域の繁栄とともに大切な与那原ならではの御願です。

【上之殿】与那原発祥の地として、上与那原、与那原の住民が地域の平和を祈願する拝所。

 

そして、拝みが終わったらお神酒をまわし、お供え物を片付けて次の拝所へ移動。

 

2ヶ所目はえびす通り近く(中島区)にある「竿の増(宗之増)(ソーヌマシ)」です。
一見、民家のような立派な外観。この通りを歩いたことはあるけれど、ここが拝所とは今まで全く気づきませんでした。

扉を開け、中にお供え物を並べて拝み、お神酒をまわす―。このパターンはこのあとも、すべての拝所で同様に繰り返されます。しかも5ヶ所廻らねばならないこともあり、それぞれあっというまに終わるので、「はい次!」という感じでけっこう慌しいのです。

【竿の増(宗之増)】与那原発祥の門家を祭った神屋。もともとは上与那原に住んでいたが、毎日のように海を眺めていたら海岸線が次第に遠のき、現れた白浜の幅を長い竿で計っているうちに少しずつ広がって平地になったため、そこへ居を移し新しい村建てを行ったと伝えられている。

 

3ヶ所目は「竿の増」の一本裏の通りにある「阿知利世主(アチリユーヌシ)」

広い敷地と入口の大きなガジュマルの木が印象的です。
慌しいながらも、アブシバレーの様子がわかってきて、この拝所あたりからようやく気分が落ち着いてきました。

【阿知利世主】阿知利毛(現在の町営阿知利団地付近)に居を構えた実力者。宗之増一族の協力者であったという。

 

4ヶ所目は、与那原町コミュニティセンターの裏にある「御殿山(ウドゥンヤマ)」

 

ここでは、まず祠で拝み、そのあと祠の右側にお供え物を移して再び拝みました。これはウトゥーシ(御通し)といって、遠く離れた場所から祈願する遥拝のことで、御殿山の言い伝えから久高島に向けた祈願も同時に行うのだそうです。

【御殿山】山原から首里の御殿に収める材木置場に指定されたことが名前の由来。琉球王朝時代、国王の久高島参詣のときの発着地でもあった。その際ここに仮御殿が造営されたため「浜の御殿」とも呼ばれている。

 

そして、いよいよ最後の5ヶ所目は…と、そのまえに、御殿山を出て橋をわたり東浜沿岸へ…。

何故ここへ来たかというと、アブシバレーには「葉に虫を乗せて流す」という大事な儀式があるのです。これを知ったとき、なんてかわいらしい儀式なんだろう!と思いました。^^ そして、かなりストレートな害虫駆除祈願ですね。
今回は、子供が作ったという本格的な(?)舟が用意されていました。虫も捕獲済みで、虫かごにはバッタが…。ちなみに、虫の種類はなんでもいいそうです。
虫を乗せた舟は、勢いよく(とはいかなかったけれど)与那原の海に流れていきました。稲に害虫がつきませんように~~~

 

この後、綱曳資料館に戻り、ついに5ヶ所目!「親川(エーガー)」です。

与那原大綱曳の拠点ともいえるこの場所で、厳かにしめくくりの祈願が行われました。

【親川】御殿山に天降りした天女がその御子の出産にあたり、産湯を召したという神話がある。また、琉球王朝時代、国王の東御廻(アガリウマーイ=拝所巡礼)の際、首里出発後最初の拝所として、休憩用の御用水を献じた所と伝えられている。湧き水は、現在も枯れることなく湧き出ている。

 

こうして、アブシバレーは無事終了。約1時間半の拝所巡りは本当に貴重な体験でした。 

(写真左)与那原大綱曳実行委員のみなさんです。お疲れさまでした! (写真右)綱曳資料館で、お供え物のお菓子や飲み物をいただきながらしばし歓談。昔は、アブシバレーも盛大なまつりのひとつで、宴会や相撲大会なども行われていたそうです。

 

与那原のアブシバレーでまわる5ヶ所は、もともとは門中の大切な拝所。生活に密着したものであり、綱曳も門中から始まった行事なのだそうです。
また、この時期に発生する害虫を鐘やドラを叩いて追い払ったことからアブシバレーの行事が始まり、稲が豊作になったため集落の西と東で米の出来具合を争ったことから綱曳で勝敗を決めるようになったという、与那原大綱曳の由来もあります。

 

一連の行事は、ひとつひとつに深い意味があって、しっかりと “綱”がってるんですね。
今回アブシバレーに同行したことで、与那原大綱曳がますます身近に…というか、実行委員の方々の熱心な姿やお話から、何かとてもあったかいものを感じることができました。
今年の与那原大綱曳(7月31日)も楽しみです!

 

kuro_orion2

 

参考資料/みんなの文化財マップ(与那原町教育委員会・文化審議委員会)