-与那原通(よなばるつう)-

あらためて親川通りを歩いてみたら…

2011年10月11日(火)

与那原町内で個人的に一番歩いてる率が高い「親川通り」は、わずか150メートルほどの商店街。とはいえ、ぶっちゃけ普段活気があるとはいえない。でも、与那原らしい“我が道を行く”マイペースな雰囲気がじんわりとにじみ出ていて、この通りを歩くたびになんだか生まれ育った場所のような親しみを覚えるから不思議だ。

 

与那原交差点から国道331号を佐敷向けに100メートルほど行くと、左側に商店街入口が出てくる(※親川通りは一方通行なので、車の場合ここからは入れない)。

向かって左側が伊集商店、右側が与那原キーセンター。こうしてまじまじと見ると、2軒ともなかなか味のある建物だ。 

 

んでは親川通り歩き、始めます。

左/駄菓子が並ぶ伊集商店。定番色あせポスターもイケてる。右/右側には陶房ギャラリー。山川まゆみさんの三線教室もココ。  

 

伊集商店のお隣マルサはさらなるザ・昭和スポット。一見の価値アリ!

 

マルサを過ぎると最初の十字路に。

…このひっそり感がたまらん。でも昔は賑わっていて、年末などは人でごったがえすほどだったとか。
左側には与那原通ですっかりお馴染み(!?)、ミスター野球帽・根川さんのお店、右側には地元で人気の居酒屋、ゆかり食堂と、ショーケースにあんまりお菓子が並んでないなかむら製菓所。看板に「チーズケーキ」と書いてあるけど多分無い(!?)。右の路地沿いにあるなかよし手芸店は、商品を購入すると無料で作り方を教えてくれるアットホームなお店。

 

十字路を過ぎて、左側(根川商店隣り)には商店街駐車場があるので、

車の場合は、反対側から親川通りに入りこの駐車場を利用できる。※商店街周辺は一通が多く要注意ではあるけど、わりとところどころに駐車場があるので車の方もお気軽に☆ 駐車場アリのお店もけっこうアリ^^

 

その先には左側にお茶&乾物&結納の店、神谷茶舗、右側には激安(!?)洋品店、マルユーがあり、ここが2番目の十字路。

左/神谷茶舗の十字路向かいには立派なお宅があって、施設や店と間違われることが多い。 右/十字路を右へ進むと…

 

左側に親川広場と与那原町立綱曳資料館がある。貸し借り自由、赤と青の本棚「まちかどの図書館」が目印。※まちかどの図書館ぷち情報/ここに本を寄付したいという方は根川商店へお持ちください。根川さんが本の内容をチェックするそうです。勝手に本棚に置いてはいけません。

左/広場&資料館入口。「親川通り」の名前の由来は広場内の拝所、「親川(えーがー)」…ってことで、右/綱曳資料館1階の事務室に立ち寄り、親川にまつわるお話を聞かせてもらうことに。※ここは誰でも大歓迎~なので、興味のある方はぜひ訪問を!

 

親川は、琉球王朝時代、国王の東御廻(あがりうまーい=拝所巡礼)や聞得大君(きこえおおぎみ)の御新下り(おあらおり=就任儀礼)の際、首里出発後最初の拝所と伝えられ、最近ではパワースポットとしても知られている。※拝所の「親川」は「えーがー」と呼ぶが、「親川通り」はふつうに「おやかわどおり」。念のため。

ここは、人が住むずっとまえから湧き水に恵まれていて、「天女が産湯を召した」という神話もある。親川での儀式には、この水を浴びることで天女の霊力を獲得するという意味合いもあったようだ。拝所の祠は昭和55年に建てられたもので、もともとは水場だけの簡素な場所だったとか。
ちなみに、ここは与那原大綱曳のカナチ棒(東西の綱をつなぐ棒)の保管場所でもあり、祠横の地下に水に浸して保管されている。

 

祠が建つ前はプールのようになっていて、資料館館長の上原さんは「子どもの頃、そこに落ちておぼれそうになった」と当時の様子を話してくれた。

 

今は祠の横に水汲み場が設けられている。緑のホースが「ちょっと情緒がないよね」と、私と事務員さんの間では不評だが、誰でも自由にこの湧き水を利用することができる。

左/柱に設置されている箱の蓋を開けるとスイッチがあり、これをオンにすると… 右/湧き水が出る。

 

飲み水としては利用できないが、ポリタンクなどを持ってきてここへ汲みに来る人は多く、近所のスーパー、クイーンストアでは、毎朝この水を店の前にまき、お清めしているそうだ。

 

水が湧き出るところに人は集まり、集落が形成されていく。
事務室で商店街の戦前の様子を描いた絵や、昭和19年に与那原の町並を米軍が撮影した航空写真なども見せてもらった。

 

航空写真(右)を見ると、昔の親川は木々がこんもり覆い茂っている。

 

瓦家が並び、馬車が走る商店街。モダンだった軽便鉄道・与那原駅舎。昭和天皇が皇太子時代に与那原港から沖縄を訪問した際、港に集まる人々は皆ハダシだった。次々と出てくる資料を見ながら(さすが資料館!笑)、しばし与那原の“歴史散歩”を楽しむ。

 

そこへ、事務室に一人の男性がやってきて「与那原で商売を始めるときは、親川で拝むのか?」と聞いていた。「特にそういう決まりはないが、商売繁盛を拝んでも別にいいんじゃない?」というのがその答え。

 

…ゆるい。でも、何を拝むかは基本的に人それぞれ。与那原の人は心配事があったら親川で拝むという話もあるそうだが、そんなに堅苦しく考えなくていいってことなのかも。

 

「観光の方は、これを見に来る人も多いんですよ」と案内されたのは、祠の横にある歌碑。

右側には琉歌(与那原節)が、左側には親川を詠んだ歌が刻まれている。「沖縄の与那原道の古泉 水清かりき今もあらむか」。この短歌は歌人・飯田秀真氏の作品で、1956年、「泉」の勅題で入選。飯田氏は与那原大綱曳見学後親川に立ち寄り、歌にしたという。

 

さて。すっかり長居してしまった資料館を後にして、再び親川通りへ。

といっても、もうほとんどゴールなんだけど^^;

 

左/右手に資料館を見ながら進むと(ここからも親川広場に入れる)、右/中央通りと交差する3番目の十字路にさしかかり、ここがまぁいってみれば、親川通りの終点。

 

親川通りや周辺商店街を歩くときは、綱曳資料館の壁に掲示してあるイラストマップ↓や、

ちゃんぷる~市のときに配布される商店街マップを参考にしてみてください。
※10月のちゃんぷる~市は、15日(土)えびす通りで開催!

 

【緊急予告!?】
今回の町歩き取材中、ひとつの大発見があった。それは、ずっと謎だったミスター野球帽・根川さんの畑が、この親川通りの先に存在することがわかったのだ!

例によって偶然バッタリ目の前に現れ、畑を案内してくれた根川さん。その場でニラやシークヮーサーを収穫し、お土産に持たせてくれた。
根川さんいわく、親川の豊富な湧き水のおかげで、この辺りは畑に適しているのだとか。

 

そんなわけで、与那原町の畑事情?を近々記事にしてみようかなと思っております。
気長にお楽しみに~^^

 

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